解説

ウルトラマラソンの胃腸障害:吐き気・腹痛が起こる原因

ウルトラマラソンで吐き気、腹痛、下痢が起こる原因を、消化管血流、走行時の揺れ、補給、暑さ、脱水の重なりから整理します。

ウルトラマラソンのエイドで胃腸の不調を感じて休むランナー
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目次
  1. 運動誘発性胃腸症候群とは
  2. 原因は生理・機械・栄養の3経路
  3. 吐き気・腹痛・下痢は何を示すか
  4. 補給が原因になるとき
  5. 暑さ・脱水・運動強度が原因を増幅する
  6. 胃腸障害だけでは説明できない危険サイン
  7. 発生率の数字をどう読むか
  8. 胃腸障害の原因を切り分ける判断ルール
  9. 出典

ウルトラマラソン 胃腸障害 原因を読み解く鍵は、胃の弱さだけでなく、運動誘発性胃腸症候群という複数の変化を見ることです。消化管の血流低下、走行時の揺れ、補給の量や濃度、暑さと脱水が重なると、吐き気・腹痛・下痢が起こりやすくなります。強い持続痛、血便、繰り返す嘔吐、意識の変化は、単なる補給ミスとして走り続けないことが重要です。

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運動誘発性胃腸症候群とは

ウルトラマラソンでいう運動誘発性胃腸症候群とは、長時間の運動によって消化管の血流、腸のバリア、胃腸の動きが変化し、吐き気・腹痛・便意・下痢などにつながる状態です。特定の食品だけが起こす病気ではありません。運動時間、強度、気温、飲水、補給、個人差が同時に関係する概念です。

競技種目を統括する国際ウルトラランナーズ協会(IAU)が扱う100kmや24時間走では、数時間で終わる運動よりも環境と補給条件が変わり続けます。序盤には食べられた物が後半には受け付けなくなるのは、食品の性質だけでなく、消化する側の条件も変わるためです。

この症候群と「胃腸トラブル」は同義ではありません。症候群は血流や上皮バリアなどの生理学的な連鎖を示し、吐き気や下痢は表面に現れた症状です。したがって、症状だけを見て「ジェル(楽天 / Amazon / Yahoo!)が合わなかった」「水が足りなかった」と一つの原因へ直結させるのは早計です。

原因は生理・機械・栄養の3経路

運動誘発性胃腸症候群の原因は、生理的要因・機械的要因・栄養的要因の3経路に分けると整理しやすくなります。消化の速度と、体が運動へ回す資源のバランスが崩れたところへ、揺れや補給が加わる構図です。

生理的要因:消化管への血流が減る

長時間運動では、血液が活動筋と体温調節のための皮膚へ優先されます。その結果、内臓血流低下、つまり胃や腸へ届く血液が減る状態が起こります。GSSIのレビューは、運動中の消化管血流低下が胃腸症状の発生へ関係すると説明しています。GSSIの解説では、影響には大きな個人差があり、軽い不快感から虚血性大腸炎まで幅があるとされています。

発汗量は人と環境で変わります。発汗率を体重変化と飲水量から記録すると、「暑かった」という感想より脱水条件を比較しやすくなります。ただし、発汗率だけで吐き気の原因を確定することはできません。

機械的要因:着地の揺れが続く

ランニングでは、着地のたびに腹部が上下し、腹圧も変化します。自転車と比べて走競技で消化器症状が目立ちやすいのは、この反復刺激も一因です。ただし、揺れだけで下痢を説明することはできません。長時間の有酸素運動では、血流低下、暑さ、食事、緊張が重なるからです。

機械的な条件を比べるときは、上下動などのランニングダイナミクスランニングピッチ、前傾や腹部圧迫に関わるランニングフォームも記録します。これらは診断指標ではありませんが、下りや荒れた路面だけで症状が増えるかを見分ける手掛かりになります。

栄養的要因:入れる速度が処理速度を上回る

胃から小腸へ送る速度や吸収速度を超えて補給すると、胃に内容物が残り、膨満感、げっぷ、吐き気につながります。逆に、胃腸を休ませようとして補給を完全に止めると、エネルギー不足からペースが落ち、さらに長時間化する場合があります。「多すぎる」と「少なすぎる」の間を、練習で探す必要があります。

flowchart TD
    A[長時間・高強度の走行] --> B[活動筋と皮膚へ血流を配分]
    B --> C[消化管の血流低下]
    D[暑熱と脱水] --> C
    E[着地の反復と腹圧変化] --> F[胃腸への機械刺激]
    G[濃い・多い・不慣れな補給] --> H[胃内容排出と吸収の不一致]
    C --> I[腸上皮と運動機能への負担]
    F --> J[腹部不快感・便意]
    H --> K[膨満感・げっぷ・吐き気]
    I --> L[腹痛・下痢・吐き気]
    J --> M[補給を止める]
    K --> M
    L --> M
    M --> N[エネルギー不足と失速]
    N --> A

吐き気・腹痛・下痢は何を示すか

運動時の胃腸トラブルは、上部消化管症状と下部消化管症状に分けると原因候補を絞れます。吐き気、胃もたれ、げっぷは上部、便意、下痢、下腹部の痛みは下部の症状です。ただし、一人のランナーに複数が続けて現れることもあります。

グッテコラムが紹介する388名の調査では、胃痛・胃痙攣が42%、腸の痛み・不快感が23%、脇腹痛と便の切迫感が各22%、膨満感が20%でした。調査の日本語解説は、研究や測定法によって数字に幅があることも明記しています。

一方、脇腹に局在する鋭い「差し込み」は、腸の痛みや下痢とは別の可能性があります。マラソンで起こる腹痛をすべて胃腸障害と決めつけず、場所、持続時間、便意の有無を分けて記録します。

主な症状直前に確認する条件疑う経路その場で見る項目緊急度
胃もたれ・げっぷ固形食、脂質、短時間の大量補給栄養・胃内容排出最後に食べた時刻と量状態悪化ならペースを落とす
吐き気暑さ、強度、濃い糖質、急な飲水生理・栄養頭痛、ふらつき、意識反復嘔吐は救護へ
下腹部痛・便意揺れ、不安、食物繊維、カフェイン機械・栄養排便後に軽くなるか血便は中止
水様便脱水、腸への負担、感染症生理・別疾患発熱、血液、回数発熱・血便は受診
強い持続痛虚血、急性疾患など自己判断しない時間と痛みの増悪走行中止・救護へ

体験記には「走りながら摂取した食べ物や飲み物を処理できなくなり、吐き気が出る」とあります。これは一人の経験であり全員へ一般化はできませんが、吐き気から補給不能、エネルギー切れへ進む連鎖を端的に示します。naoki_travelの記録では、100kmレースの70km付近でDNFした経緯が説明されています。

補給が原因になるとき

炭水化物は長時間走に必要ですが、量、濃度、組み合わせが吸収能力を超えると負担になります。エネルギージェルを水なしで続けて取り、その直後に糖質入り飲料を重ねると、短時間に糖質が集中します。製品ごとの推奨量より先に、自分が同じペースと気温で処理できる量を確かめます。

水分と糖質は別々に記録する

水分補給の記録では、「何mL飲んだか」と「何gの糖質を同時に入れたか」を分けます。汗で失う電解質も関係しますが、塩分を増やせば胃腸障害が必ず消えるわけではありません。スポーツドリンク楽天 / Amazon / Yahoo!)とジェルを併用するときは、飲料に含まれる糖質も合計します。

糖の種類と食事内容を見る

GSSIは、食物繊維、脂質、たんぱく質、フルクトースが運動中の胃腸症状リスクと関連すると解説しています。一方で、フルクトース単独の多い飲料と、グルコースとの組み合わせは同じ扱いではありません。特定の糖を永久に禁止するのではなく、レース条件で再現試験をします。

脂質を減らしすぎると日常の食事設計が崩れます。脂肪酸化を高めればレース中の糖質が不要になる、とも言い切れません。体内のグリコーゲンを増やすカーボローディングと、レース中に胃腸が処理できる補給量は別の課題です。空腹で走る空腹時運動が問題なくても、本番の補給耐性を確認したことにはなりません。

グッテコラムの388名調査では、避けられていた食品として肉32%、乳製品31%、魚介類28%、食物繊維の多い食品23%が挙がりました。これは「避ければ有効だった割合」ではなく、ランナーが実際に制限していた割合です。普段はバランスの取れた食事を保ち、レース前だけ条件を絞ります。カフェインも摂取量と時刻を記録し、複数の変更を同日に重ねないようにします。

補給に慣れること自体が練習になる

GSSIは、運動中の飲食に慣れていない競技者は、慣れている競技者より胃腸症状を起こすリスクが2倍だった研究を紹介しています。原文の要点は「腸は高い適応性を持ち、持久系選手は栄養トレーニングを計画へ組み込むべき」というものです。ロング走では、いきなり本番量を入れず、少量から時間あたりの量を増やします。

ただし、症状が強い人が自己流で食事制限を広げるのは勧められません。FODMAPは小腸で吸収されにくく発酵しやすい糖質群ですが、低FODMAP食は対象食品が広く、長期実施には栄養面の注意が必要です。普段の食物繊維まで極端に減らさず、調整は大会前の短期間と再現テストに限定します。

暑さ・脱水・運動強度が原因を増幅する

運動誘発性胃腸症候群は、運動強度が上がるほど消化管へ回せる血流が減りやすく、脱水と体温上昇が重なると負担が増します。同じジェルを同じ量だけ取っても、涼しいイージーランでは問題なく、暑いレースペースで症状が出ることがあります。

日本語の医師解説が紹介する2019年の研究では、2時間のトレッドミル(楽天 / Amazon / Yahoo!)運動後、腸上皮細胞の損傷指標であるI-FABPが22℃で27%、30℃で84%、35℃で327%増加しました。夏季ランニングの解説から読めるのは、温度条件が腸への負担を大きく変え得るという点です。ただし、この数値だけで個人の症状発生を予測することはできません。

ペースだけでなく内部負荷を見る

同じ1kmペースでも、暑さや疲労で心拍数が上がれば、体内の負荷は同じではありません。自覚的運動強度(RPE)、心拍、吐き気の程度を一緒に残すと、食品ではなく強度が引き金になった場面を見つけやすくなります。

数値を見るときは心拍ゾーンを固定値として扱わず、最大心拍数の推定誤差も考えます。乳酸性作業閾値を超えるような区間で症状が始まったかを記録すれば、補給品の変更より先に強度を下げるべきケースを見つけやすくなります。

ペーシングを変えるときは、症状が出てから急停止するだけでなく、エイド前に強度を落として補給を取る設計も試します。マラソンのペース配分をそのまま100kmへ延長せず、ペース早見表には歩行、エイド、気温上昇の時間を含めます。

研究のトレッドミル走と実際の100km大会では、風、標高、路面、エイド間隔が異なります。研究数値は仕組みを理解する材料であり、自分の安全な上限そのものではありません。

胃腸障害だけでは説明できない危険サイン

運動関連低ナトリウム血症でも、吐き気、嘔吐、頭痛、混乱などが現れ得ます。暑さによる体調悪化や感染症も含め、吐き気があるだけで「胃腸が補給を拒否した」と決めないことが大切です。

次の兆候があれば、原因記録より安全確保を優先します。

  • 強い腹痛が続く、または悪化する
  • 血便、黒い便が出る
  • 水分を少量ずつ取っても嘔吐を繰り返す
  • 強い頭痛、ふらつき、混乱、反応の鈍さがある
  • 発熱、胸痛、呼吸困難を伴う

最寄りのエイドステーションや救護所で、走行距離、最後の排尿、飲水量、食べた物、服薬を伝えます。完走を優先して症状を隠すと、救護側が判断するための情報が減ります。

また、痛み止めの予防的な使用にも注意が必要です。GSSIは、非選択的な**NSAIDs(非ステロイド性抗炎症薬)**が上部消化管合併症、粘膜出血、穿孔のリスク3〜5倍と関連した研究を紹介しています。イブプロフェンなどをレース前やレース中に自己判断で使うことは避け、必要性がある場合は医療者へ相談します。

発生率の数字をどう読むか

胃腸症状は珍しくありませんが、発生率は研究条件で大きく変わります。GSSIのレビューは距離ランナーの30〜90%が運動に関連する腸の問題を経験すると推定しています。一方、Sports Medicine - Openの研究では、多日ステージ型で85%、24時間走で73%が少なくとも一つの胃腸症状を報告しました。紹介されている先行研究では、161kmの連続型ウルトラで60%でした。

この差は矛盾ではありません。対象者数、大会形式、暑さ、症状の定義、聞き取り時点が異なるためです。研究では100mmの視覚尺度を使って症状を分類する場合もあれば、「少し気持ち悪い」を本人の申告だけで数える場合もあります。

アメリカスポーツ医学会(ACSM)のようなスポーツ医学組織の情報を読む場合も、一般的な運動指針と、特定の大会で得られた観察研究を分けます。73%や85%は「自分にも必ず起こる確率」ではなく、症状を想定した計画が必要だと示す集団データです。

胃腸障害の原因を切り分ける判断ルール

運動誘発性胃腸症候群の原因を切り分けるには、症状が出た日の食品名だけでなく、発症前30〜60分の条件を同じ時系列へ並べます。トレーニング負荷が高い週、ロング走の後半、睡眠不足の日を区別し、次の4列を走行ごとに残します。

  1. 生理:ペース、心拍、RPE、走行時間
  2. 機械:路面、下り区間、腹部の揺れ、姿勢
  3. 栄養:糖質g、飲水mL、脂質・食物繊維、カフェイン、服薬
  4. 環境:気温、湿度、日射、発汗、尿の有無

次回のロング走では、複数を一度に変えません。ジェルの種類を替えるならペースと飲水をそろえ、ペースを上げるなら食品をそろえます。走る前のウォームアップもそろえると、スタート直後の強度差を減らせます。これで「商品が悪い」のか、「同じ商品でも暑さと強度が重なった」のかを比較できます。

強い症状が出た後は、脚の神経筋疲労だけを回復の目安にしません。胃腸症状が残る間は運動後の回復睡眠を優先し、次の負荷を急いで戻さないことが必要です。予定表に休養日を置き、症状が続く場合は完全休養と医療相談を選びます。

もし3つだけ覚えるなら、①原因を生理・機械・栄養へ分ける、②発症前30〜60分を記録する、③血便・強い持続痛・反復嘔吐・意識変化では走行を止める、です。「胃腸障害が怖いから本番では食べない」は万能策ではありません。補給を止めるほど長時間化し、別の失速要因を増やす場合があるためです。

出典