解説

ウルトラマラソンの低ナトリウム血症とは:水分のとりすぎによる危険

ウルトラマラソンで起こる運動関連低ナトリウム血症を、過剰飲水とバソプレシンの仕組み、症状、予防、救護判断から解説します。

ウルトラマラソンの給水所で飲水量を確認するランナー
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目次
  1. 運動関連低ナトリウム血症とは
  2. 水分のとりすぎで血中ナトリウムが下がる仕組み
  3. ウルトラマラソンで危険が高まる条件
  4. 症状と見逃してはいけない危険サイン
  5. 飲みすぎを防ぐ給水の考え方
  6. 症状が出たときの対応
  7. 迷ったときの3つの判断基準
  8. 出典

ウルトラマラソン 低ナトリウム血症とは、長時間走の最中または直後に血清ナトリウム濃度が135mmol/L未満になる運動関連低ナトリウム血症です。主因は汗で塩が抜けることだけではなく、必要量を超える飲水と、水を排出しにくくするホルモン反応の重なりです。頭痛、反復する嘔吐、混乱、けいれん、意識変化があれば、競技と飲水を止めて救護へ向かいます。

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運動関連低ナトリウム血症とは

運動関連低ナトリウム血症は、運動中または運動直後に血液中のナトリウム濃度が下がる状態で、診断の基準は血清ナトリウム135mmol/L未満です。ここでいう濃度は体内の塩の総量そのものではなく、水分に対してナトリウムがどれほど含まれるかを表します。そのため、塩を失うだけでなく、水が相対的に多くなることでも基準を下回ります。

日本スポーツ振興センターも競技者向けの水分補給情報を公開していますが、極端な大会の実測値は個別研究で読みます。日本スポーツ栄養協会が紹介したスパルタスロン研究では、ウルトラマラソンの246kmを36時間以内で走り、高低差960mの山道を通ります。男性完走者63名の平均記録は33±3時間で、93km地点の発生率は23%、ゴール後は65%でした。スポーツ栄養Webの研究紹介で確認できます。

ただし、65%という数字をそのまま「65%が重症になった」と読んではいけません。レース開始前から基準を下回っていた人を除いた運動関連低ナトリウム血症の発生率は52%で、ゴール後に130mmol/L未満だったのは14名、22%でした。研究では治療を要した対象者はいません。検査値だけで見つかる無症候性の状態と、神経症状を伴う緊急状態を分けて考える必要があります。

身体活動のうち長時間の有酸素運動では、飲水を重ねる時間が長くなります。135研究をまとめた日本語解説ではマラソンの有病率は平均8.2±7.9%でしたが、大会条件で幅があります。国際ウルトラランナーズ協会が扱う超長距離種目でも、割合より「長く飲み続けるほど注意する」という方向を読みます。

水分のとりすぎで血中ナトリウムが下がる仕組み

運動関連低ナトリウム血症の中心は、電解質を含む体液が飲水で希釈されることと、アルギニンバソプレシンによって腎臓から水を出しにくくなることの二段重ねです。飲んだ水が汗や尿などの喪失を上回り、同時に水分排出が抑えられると、血清ナトリウム濃度が下がります。

flowchart TD
    A["口渇を超える飲水"] --> C["体内の水分が増える"]
    B["運動ストレスでAVP分泌が続く"] --> D["腎臓から水を出しにくい"]
    C --> E["血清ナトリウムが希釈される"]
    D --> E
    E --> F["頭痛・吐き気・むくみ"]
    E --> G["混乱・けいれん・意識変化"]
    G --> H["競技と飲水を止めて救護へ"]

口渇を超える飲水と、AVPが水分を保持する反応が重なる流れです。

スポーツ医学を扱うアメリカスポーツ医学会の領域でも重要なこの病態について、Frontiersの2017年レビューは「口渇を超える過剰飲水と非浸透圧性のAVP放出が最も一般的な原因」とまとめています。Frontiersのレビューの原文は「overdrinking beyond thirst and non-osmotic arginine vasopressin release are the most common etiologic factors」です(原文英語)。非浸透圧性分泌とは、血液の濃さ以外の運動ストレスでもAVPが出続けることです。

腎機能が正常で西洋型の食事を摂る条件でも、水の排泄量は500〜1,000mL/時と説明されています。これは安全な必須飲水量ではありません。AVP、発汗、気温、胃腸の吸収が変わるため、固定量を飲み切る処方には使えません。

スポーツドリンク楽天 / Amazon / Yahoo!)も無制限の安全装置ではありません。汗、尿、呼吸、消化管からの喪失より多く摂れば、エネルギー収支とは別に水分が過剰になります。Healioも、スポーツ飲料へ替えるだけでは予防が示されていないと説明しています。EAHの臨床解説を参照できます。

カーボローディングで蓄えるグリコーゲンも体重の読み方に影響します。Frontiersレビューでは、1kgのグリコーゲンに最大3kgの代謝水が伴い得るとされ、代謝水を排泄できなければ血清ナトリウム低下に寄与する可能性があります。体重が増えていないことだけではEAHを否定できません。

ウルトラマラソンで危険が高まる条件

ウルトラマラソンで危険が高まるのは、走る時間が長く、給水所を通る回数が増え、脱水を恐れて口渇がない場面でも飲みやすくなるためです。とくに4時間を超える運動、飲水3L超、BMI20未満は、135研究を整理したレビューで挙げられた危険因子です。これらは診断条件ではなく、飲み方を見直すきっかけです。

「遅いランナーほど危険」は走力ではなく曝露時間の問題です。運動強度を落として歩きを挟むラン・ウォーク法では、コース滞在と給水機会が増えます。関門時刻への焦りで給水計画を機械的に守らず、ラン・ウォーク戦略と口渇を一緒に見直します。

身体組成の一指標であるBMIだけで危険は決まりませんが、体格が小さい人へ同じ絶対量を割り当てると負荷は増えます。ロング走では開始前後の体重、飲水、排尿、気温、走行時間に加え、自覚的運動強度心拍数も記録します。心拍数だけでEAHは診断できませんが、同じ条件の比較にはなります。

スパルタスロン研究の平均体重変化は−2.5±1.9kg、平均の血清ナトリウム変化は−6.6±5.6mmol/Lでした。集団平均では体重が減っているのに、運動関連低ナトリウム血症は多く見つかっています。体重増加は飲みすぎの強い警報になりますが、体重が減っていれば病態を完全に否定できるわけではありません。研究者自身も、超長距離では体重変化のすべてを体液変化とみなせないと限界を示しています。

それでも体重増加は無視できません。日本語のレビュー紹介では、体重が減った人から横ばいの人までのリスクが約10%だったのに対し、体重が4%増えた人では85%でした。そこでは「最大の危険因子は脱水ではなく、体重が増えること(=飲みすぎ)」と要約されています(エビデンスのさんぽ道)。レース中に開始前より重くなるほど飲む計画は、早い段階で修正します。

マラソントレーニングの給水計画を、そのまま距離の倍率で延長するのも避けます。長時間では気温、速度、食事、AVP反応が途中で変わるからです。トレーニング負荷を段階的に増やすように、飲水計画も異なる気象と時間帯の練習で検証し、一つの数字を万能の答えにしません。全体の準備はウルトラマラソン初心者の全体ガイドと合わせて確認できます。

症状と見逃してはいけない危険サイン

脱水と運動関連低ナトリウム血症は、頭痛、吐き気、疲労、走力低下などが重なるため、症状だけで正反対の対応を選ぶのは危険です。さらに暑熱時は体温調節の問題が加わります。重要なのは病名を当てることではなく、混乱、けいれん、意識変化などの神経症状を見たら飲水を続けず、救護へつなぐことです。

観察する点脱水を疑う材料EAHを疑う材料直ちに救護へつなぐ線
飲水と体重飲水不足、体重減少多量飲水、体重増加、手指のむくみ体重だけで判断しない
胃腸口渇、吐き気水っぽい胃、反復する嘔吐飲めない・嘔吐が続く
神経めまい、集中低下頭痛、混乱、ふらつきけいれん、意識変化
体温・呼吸暑熱環境、強い口渇呼吸異常を伴う場合がある異常な高体温または呼吸困難

低ナトリウム血症性脳症は、低い血中ナトリウムに混乱、けいれん、意識変化などが加わった緊急状態です。運動関連低ナトリウム血症の数値だけが低くても無症状の場合がありますが、神経症状が出た段階では「エイドで少し休めば戻る」と考えません。

吐き気は運動時の胃腸トラブル運動誘発性胃腸症候群でも起こり、脚の重さは神経筋疲労にも見えます。ぼんやりした感覚は睡眠不足、失速は30kmの壁と誤解しやすい症状です。ウルトラマラソンの胃腸障害も参考になりますが、反復する嘔吐に頭痛、むくみ、混乱が重なるなら走り続けません。

筋肉痛や尿の変化が強い場合は、横紋筋融解症など別の緊急状態も鑑別に入ります。Frontiersレビューは、運動関連低ナトリウム血症が横紋筋融解症の発生とも関連すると述べています。ランナー自身が現場で確定診断する必要はありません。複数の危険サインがあれば競技を止め、救護担当者へ飲水量、排尿、体重変化、症状の経過を伝えます。

飲みすぎを防ぐ給水の考え方

水分補給は、時刻表どおりに全量を飲み切るのではなく、口渇、気象、速度、胃の状態、体重変化で調整します。発汗率はロング走の前後で体重を測り、飲水量と排尿量を合わせて汗で失う量を見積もる方法です。ただし発汗率は一律の処方ではなく、同じ人でも気温や強度で変わる参考値です。

まず、15分ごとの固定量を「必須量」ではなく見直し可能な上限として扱います。喉が渇かず、胃が水で張り、手指がむくみ、体重が増えているなら追加飲水を止めて状態を確認します。反対に、強い口渇があり飲めずに体重が大きく減っている場合も安全ではありません。どちらの方向にも振れないための観察が必要です。

次に、スポーツドリンクや塩タブレットを保険にしません。161kmウルトラの研究では、低ナトリウム血症、筋けいれん、脱水、吐き気・嘔吐は総ナトリウム摂取量と関連しませんでした。RunRacePlannerの表現では「塩の錠剤は余分な1リットルの水を埋め合わせてはくれない」とされています(長距離での低ナトリウム血症)。塩分の必要量には個人差がありますが、飲みすぎを塩で帳消しにはできません。

エネルギージェル炭水化物グルコースを含む補給も、水分と別の帳簿にしないことが大切です。濃いジェル(楽天 / Amazon / Yahoo!)を飲み込むための水、エイドの汁物、スポーツドリンクも総飲水量に入ります。消化できる量を超えて詰め込めば、胃の張りや吐き気で口渇の感覚を読み取りにくくなります。レース前の食事から塩分を極端に増減させず、普段の練習で試した組み合わせを基本にします。

給水道具を選ぶときは容量だけでなく、残量を確認しやすいかも見ます。ソフトフラスクとハイドレーションの違いを参考に、区間ごとの携行量と実際の消費量が分かる方法を選びます。飲み切ることを目標にせず、次の給水所までの距離、気象、口渇に応じて持ち越す判断も含めます。

症状が出たときの対応

脳浮腫につながる神経症状が疑われるときは、運動関連低ナトリウム血症を自己処置せず、競技と飲水を止めて救護へ向かいます。頭痛、反復する嘔吐、混乱、ふらつき、けいれん、意識変化、呼吸異常があれば、真水やスポーツドリンクを追加して様子を見ません。119番通報が必要な状態では、同行者が場所と症状を伝えます。

医療現場では、症候性の運動関連低ナトリウム血症に高張食塩水が使われます。Healioは、3%食塩水100ccを1回投与し、症状が続けば最大2回追加する国際コンセンサスの勧告を紹介しています。これは診断と監視の下で行う医療処置です。ランナーが塩タブレットや濃い食塩水を自己投与する手順ではありません。

0.9%食塩水でも、水分保持が続く状況では症状が悪化した報告があり、Healioは注意を促しています。だからこそ、エイドで病名を決めつけて大量補液を選ぶのではなく、血中ナトリウム測定を含む医療評価へつなぎます。救護担当者には、直前までに飲んだ種類と量、排尿の有無、体重変化、症状が始まった時刻を伝えます。

競技を止めた後の運動後の回復でも、急いで失った水を全量取り戻そうとしません。無症状または軽い症状に見えても、EAHは長時間運動後に問題となります。帰宅後に頭痛、嘔吐、混乱が強まる場合は、睡眠不足や疲労だけと判断せず医療機関へ相談します。

迷ったときの3つの判断基準

運動関連低ナトリウム血症について3つだけ覚えるなら、①口渇がないのに時間割だけで飲み続けない、②体重増加・手指のむくみ・水っぽい胃を飲みすぎの警報として扱う、③頭痛、反復嘔吐、混乱、けいれん、意識変化があれば競技と飲水を止めて救護へ向かう、です。

ランニング中の給水には、万人共通の1時間あたり必須量はありません。ペース戦略、気温、体格、発汗、食事、コース上の給水機会が変われば必要量も変わります。一方で、スポーツドリンクや塩タブレットが飲みすぎを相殺しないこと、神経症状が医療評価を要することは共通の安全線です。

判断の目的は自己診断ではありません。バランスのよい食事を崩して塩だけを増やさず、練習ではペーシングと飲水記録を照合します。本番のマラソンのペース配分でも口渇と体調を優先し、異常時は完走より救護を選びます。これが脱水回避と飲みすぎ防止を両立させる方法です。

出典