用語集
サロマ湖100kmウルトラマラソン
北海道のサロマ湖周辺で開催され、日本の市民ウルトラと国際100km競技の発展を結んだロードレースです。
別名: サロマ湖100km・サロマ湖ウルトラ・Saroma Lake 100km Ultramarathon
定義
サロマ湖100kmウルトラマラソンは、北海道の湧別町、佐呂間町、北見市周辺を結ぶ100kmロードレースです。市民ランナーが参加する大会として始まり、日本陸上競技連盟の公認、国際大会の開催、世界水準の記録誕生へ発展した点で、日本のウルトラ文化を代表します。
大会の始まり
1986年9月14日のプレ大会には、100kmの部へ41人、50kmの部へ17人が集まりました。100kmでは26人が完走し、優勝記録は7時間49分17秒でした。翌1987年の正式大会では100kmに216人、50kmに63人が参加し、1988年には100kmの参加者が526人へ増えました。
大会はサロマ湖を一周するだけでは成立しません。湖畔には立ち入りできない区域があるため、約70kmの湖畔区間と常呂川土手の往復などを組み合わせて100kmコースが構成されました。地域住民、自治体、警察との調整が大会の基盤です。
競技化と国際化
1993年の第8回大会は国際ウルトラランナーズ協会のワールドチャレンジ・プレ大会となり、ウルトラマラソンでは初の日本陸上競技連盟公認レースになりました。一般の部に加えて登録競技者の部が設けられ、完走を目標とする市民層と記録を追う競技層が同じ大会に共存する形が明確になりました。
1994年にはアジアで初めてIAUワールドチャレンジを開催し、18か国から102人の選手が参加しました。日本の地域大会が、100km競技の国際舞台へ変化した節目です。
文化と記録
1995年には第1回から連続出場した7人が表彰され、「サロマンブルー」の称号が生まれました。順位だけでなく、繰り返し参加し続けることを称える仕組みは、市民ウルトラの文化をよく表しています。
1998年には砂田貴裕が6時間13分33秒、2000年には安部友恵が6時間33分11秒を記録しました。大会史は、市民参加、地域運営、国際競技、長期継続の称号が一つのレース内で結びついた過程として読むことができます。